「寛容な社会」は、極右テロの リスクも おう【ノルウェーテロ】
<ノルウェーテロ>「寛容な社会」憎悪か
毎日新聞 7月24日(日)0時16分配信
「平和の国」ノルウェーを襲った22日の連続テロ事件は、当初はイスラム過激派の犯行を疑う見方もあった。だが、逮捕されたのは逆に欧州で増加するイスラム系移民に反発する極右思想の青年だった。事件の動機と背景を探った。【ロンドン笠原敏彦、前田英司】
◇容疑者は極右青年
ノルウェーからの報道によると、警察当局に逮捕されたのはアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)。インターネットへの投稿や地元メディアの報道から浮かび上がる人物像は、移民に寛容な北欧型の「開かれた社会」に反発を増幅させていった姿だ。自らを「愛国主義者」などと評し、その言動には自己陶酔の世界さえ垣間見える。
「信念ある1人の人間は(自らの)利益しか考えない10万人分もの力に値する」。ブレイビク容疑者が簡易型ブログ「ツイッター」に18日残した犯行予告とも読めるつぶやきは、19世紀の英国人哲学者ジョン・スチュワート・ミルの名言をまねたものだった。
地元紙ベルデンスガングが伝えた友人の証言によれば、ブレイビク容疑者は20代後半から極右思想に染まっていった。政治問題に強い関心を示し、イスラム批判のインターネットサイトに熱心に投稿しては「現在の政策は社会主義と資本主義の争いではなく、愛国主義と国際主義の戦いだ」などと主張していた。投稿の一つでは、日本と韓国について「多文化主義を拒否している国」と言及。日本などを反移民、非多文化社会の模範のようにたたえていた。
オスロの首相府近くでの爆弾テロと、与党・労働党の青少年キャンプでの銃乱射の共通点は、ストルテンベルグ首相が率いる中道左派の労働党だ。ブレイビク容疑者の思考形態から見て、「左派=移民に寛容」の一点から将来の労働党指導者候補の若者らを憎悪し、標的とした可能性は排除できない。
ブレイビク容疑者に事件以前、目立った右翼活動の記録はないという。拳銃やライフル、ショットガンは合法的に所持していた。菜園を営んでいたとの情報があり、09年に肥料会社を設立したという経歴から、爆薬に使える化学肥料の知識があったとの指摘も出ている。
ノルウェーでは80~90年代にネオナチが社会問題化したが、近年は沈静化している。極右勢力は細分化しているとされるが、「反イスラム、移民排斥」では結束する。ブレイビク容疑者も投稿の中で「穏健なイスラム」という表現に反論し、「(彼らも)排除された瞬間に過激化する」と憎悪をあらわにしていた。捜査当局者は容疑者を「キリスト教原理主義者」と呼んでいる。
ストルテンベルグ首相は23日の会見で「他国に比べ、ノルウェーの極右過激派の問題は大きくはない」と述べ、連続テロが、「開かれた社会」を自任してきたノルウェーの意表をついた事件だったことを言外ににじませた。
◇移民排斥論、欧州で台頭
欧州諸国では近年、長引く経済の低迷で社会や政治が右傾化している。背景にあるのは、移民排斥の思想だ。移民は70年代、発展を支える「労働力」として歓迎された。だが、経済が失速すると、安い賃金で働く移民は欧州白人の職を奪う「重荷」に変貌した。極右勢力が唱える移民排斥は失業にあえぐ市民の不満の受け皿にもなっている。
欧州連合(EU)の統計によると全加盟27カ国で08年、中東やアフリカ系など計380万人の移民を受け入れた。この流入が加盟国の人口増につながり、労働力人口を支えた。欧州社会の発展・維持に移民は「不可欠」だ。
問題は、欧州が移民をいわば「出稼ぎ労働者」として受け入れてきたことだ。だが、移民は生活の場を欧州に移して定住するようになった。母国から家族を呼び寄せ、独自のコミュニティーを形成するに連れて文化的、宗教的な摩擦が顕在化。経済の悪化やイスラム過激派によるテロなどが追い打ちをかけ、キリスト教を伝統とする欧州社会とイスラム系移民の摩擦や移民排斥論に結びついた。
反移民のうねりは「寛容」が伝統の北欧とて例外ではない。4月のフィンランド総選挙では民族主義政党が議席を6倍に増やした。キャメロン英首相やメルケル独首相も最近、自国の多文化主義を「失敗」と言及した。
また、オランダでは6月末、動物愛護を名目に、食肉処理する家畜を事前に失神させることを義務付ける法案が、賛成多数で下院を通過した。イスラム教やユダヤ教では、意識のある家畜を処理しなければならず、「移民排斥につながる」と両教徒は反発している。
◇ノルウェー
面積は日本とほぼ同じ。人口486万人の11%が移民系。立憲君主制で男女平等や福祉政策の先進国。1人あたり国民総所得(10年)8万5380ドルは世界4位。ノーベル平和賞を選ぶ委員会はノルウェー議会が任命する。09年はソマリアなどから欧州で3番目に多い1万7200件の難民申請があった。
ノルウェーテロ:「平和な国」に衝撃
【ロンドン笠原敏彦】「邪悪が我が国を震わせた」(ストルテンベルグ首相)。ノーベル平和賞のホスト国で政治的暴力とは縁遠いと見られてきた北欧の国ノルウェーが22日、官庁街での爆弾テロと青少年キャンプでの銃乱射テロという卑劣な連続攻撃に襲われた。発生当初は国際テロとの見方も出たが、乱射事件の現場でノルウェー人の男が逮捕されたことで、極右など国内過激派の関与が疑われ、事件はノルウェー社会に深い傷痕を残しそうだ。
米国で01年9月に起きた同時多発テロ事件は、2棟の超高層ビルが相次いで攻撃され、「衝撃」の後にさらに大きな「衝撃」が続いた。今回の事件もこれを連想させる展開だった。オスロの官庁街の首相府が入るビルの近くで、自動車爆弾と見られるテロがまず発生。その死者数が増える中、「オスロ郊外の青少年キャンプで銃乱射」の一報が飛び込んだ。キャンプは、首相が党首となっている労働党の主催で、首相周辺が標的になった可能性が一気に高まった。
ストルテンベルグ首相はこの間、電話でテレビ局のインタビューに答え、「閣僚は全員無事だ」と話した上で、警察から自身の居場所は明かさないよう指示されていると説明。事件の背景に政治的な要因があることを強くにじませた。
事件の背景は不明だが、ノルウェー警察当局はイスラム過激派などによる国際テロではないとの見方だ。標的を定めたテロの手法も、国際テロ組織「アルカイダ」による米同時多発テロやマドリード(04年3月)、ロンドン(05年7月)の同時テロ事件などのような犠牲者の最大化を狙ったやり方とは異なる。
報道によると、乱射事件のあったウトヤで逮捕されたノルウェー人の男は、オスロの爆弾テロ現場でも目撃されている。オスロからウトヤへは車で約1時間の距離。強力な破壊力を持つ自動車爆弾を使いこなし、警察官になりすまして「オスロの爆発の捜査をする」と言って実行した乱射事件の組み合わせは、綿密な計画性をうかがわせるもので、組織的な背景の有無も捜査の焦点になりそうだ。
毎日新聞 2011年7月23日 11時52分(最終更新 7月23日 13時03分)
ノルウェーテロ:イスラム圏で西側報道に反発
【カイロ和田浩明】ノルウェーで22日起きた連続テロで、欧米メディアが当初、イスラム過激派の犯行を疑う報道を繰り広げたことに対してイスラム圏で反発が出ている。欧州では過去にイスラム過激派が関与した大規模テロがあり、今回も過激派ウェブサイトに「犯行声明」が一時、掲示された。だが、逮捕された容疑者はノルウェー人の男で、反イスラム的な考えを持っている可能性も浮上した。
ノルウェーはアフガニスタンに派兵しており、国際テロ組織アルカイダなどが批判してきた。英BBCや米ニューヨーク・タイムズ(電子版)などの主要メディアは、連続テロの発生から数時間の間は「イスラム過激派犯行説」をほのめかす報道ぶりだった。
実際、イスラム過激派のサイトには「今回の攻撃はアフガン駐留が理由だ」などとする犯行声明の体裁を取った文書が一時、掲示された。サイトにはテロを称賛する多数の書き込みも行われた。
しかし、逮捕されたアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)は反イスラム的な傾向のあるキリスト教原理主義者とされる。簡易ブログ「ツイッター」では容疑者逮捕後、「西側の報道はイスラム非難に偏向している」といったイスラム圏からの書き込みが目立った。
エジプトのイスラム過激派専門家、ムニール・アディーブ氏は「今回の事件報道は西側諸国にイスラム教徒に対する誤った理解があることを示した」と述べた。
毎日新聞 2011年7月23日 20時11分
毎日新聞 7月24日(日)0時16分配信
「平和の国」ノルウェーを襲った22日の連続テロ事件は、当初はイスラム過激派の犯行を疑う見方もあった。だが、逮捕されたのは逆に欧州で増加するイスラム系移民に反発する極右思想の青年だった。事件の動機と背景を探った。【ロンドン笠原敏彦、前田英司】
◇容疑者は極右青年
ノルウェーからの報道によると、警察当局に逮捕されたのはアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)。インターネットへの投稿や地元メディアの報道から浮かび上がる人物像は、移民に寛容な北欧型の「開かれた社会」に反発を増幅させていった姿だ。自らを「愛国主義者」などと評し、その言動には自己陶酔の世界さえ垣間見える。
「信念ある1人の人間は(自らの)利益しか考えない10万人分もの力に値する」。ブレイビク容疑者が簡易型ブログ「ツイッター」に18日残した犯行予告とも読めるつぶやきは、19世紀の英国人哲学者ジョン・スチュワート・ミルの名言をまねたものだった。
地元紙ベルデンスガングが伝えた友人の証言によれば、ブレイビク容疑者は20代後半から極右思想に染まっていった。政治問題に強い関心を示し、イスラム批判のインターネットサイトに熱心に投稿しては「現在の政策は社会主義と資本主義の争いではなく、愛国主義と国際主義の戦いだ」などと主張していた。投稿の一つでは、日本と韓国について「多文化主義を拒否している国」と言及。日本などを反移民、非多文化社会の模範のようにたたえていた。
オスロの首相府近くでの爆弾テロと、与党・労働党の青少年キャンプでの銃乱射の共通点は、ストルテンベルグ首相が率いる中道左派の労働党だ。ブレイビク容疑者の思考形態から見て、「左派=移民に寛容」の一点から将来の労働党指導者候補の若者らを憎悪し、標的とした可能性は排除できない。
ブレイビク容疑者に事件以前、目立った右翼活動の記録はないという。拳銃やライフル、ショットガンは合法的に所持していた。菜園を営んでいたとの情報があり、09年に肥料会社を設立したという経歴から、爆薬に使える化学肥料の知識があったとの指摘も出ている。
ノルウェーでは80~90年代にネオナチが社会問題化したが、近年は沈静化している。極右勢力は細分化しているとされるが、「反イスラム、移民排斥」では結束する。ブレイビク容疑者も投稿の中で「穏健なイスラム」という表現に反論し、「(彼らも)排除された瞬間に過激化する」と憎悪をあらわにしていた。捜査当局者は容疑者を「キリスト教原理主義者」と呼んでいる。
ストルテンベルグ首相は23日の会見で「他国に比べ、ノルウェーの極右過激派の問題は大きくはない」と述べ、連続テロが、「開かれた社会」を自任してきたノルウェーの意表をついた事件だったことを言外ににじませた。
◇移民排斥論、欧州で台頭
欧州諸国では近年、長引く経済の低迷で社会や政治が右傾化している。背景にあるのは、移民排斥の思想だ。移民は70年代、発展を支える「労働力」として歓迎された。だが、経済が失速すると、安い賃金で働く移民は欧州白人の職を奪う「重荷」に変貌した。極右勢力が唱える移民排斥は失業にあえぐ市民の不満の受け皿にもなっている。
欧州連合(EU)の統計によると全加盟27カ国で08年、中東やアフリカ系など計380万人の移民を受け入れた。この流入が加盟国の人口増につながり、労働力人口を支えた。欧州社会の発展・維持に移民は「不可欠」だ。
問題は、欧州が移民をいわば「出稼ぎ労働者」として受け入れてきたことだ。だが、移民は生活の場を欧州に移して定住するようになった。母国から家族を呼び寄せ、独自のコミュニティーを形成するに連れて文化的、宗教的な摩擦が顕在化。経済の悪化やイスラム過激派によるテロなどが追い打ちをかけ、キリスト教を伝統とする欧州社会とイスラム系移民の摩擦や移民排斥論に結びついた。
反移民のうねりは「寛容」が伝統の北欧とて例外ではない。4月のフィンランド総選挙では民族主義政党が議席を6倍に増やした。キャメロン英首相やメルケル独首相も最近、自国の多文化主義を「失敗」と言及した。
また、オランダでは6月末、動物愛護を名目に、食肉処理する家畜を事前に失神させることを義務付ける法案が、賛成多数で下院を通過した。イスラム教やユダヤ教では、意識のある家畜を処理しなければならず、「移民排斥につながる」と両教徒は反発している。
◇ノルウェー
面積は日本とほぼ同じ。人口486万人の11%が移民系。立憲君主制で男女平等や福祉政策の先進国。1人あたり国民総所得(10年)8万5380ドルは世界4位。ノーベル平和賞を選ぶ委員会はノルウェー議会が任命する。09年はソマリアなどから欧州で3番目に多い1万7200件の難民申請があった。
ノルウェーテロ:「平和な国」に衝撃
【ロンドン笠原敏彦】「邪悪が我が国を震わせた」(ストルテンベルグ首相)。ノーベル平和賞のホスト国で政治的暴力とは縁遠いと見られてきた北欧の国ノルウェーが22日、官庁街での爆弾テロと青少年キャンプでの銃乱射テロという卑劣な連続攻撃に襲われた。発生当初は国際テロとの見方も出たが、乱射事件の現場でノルウェー人の男が逮捕されたことで、極右など国内過激派の関与が疑われ、事件はノルウェー社会に深い傷痕を残しそうだ。
米国で01年9月に起きた同時多発テロ事件は、2棟の超高層ビルが相次いで攻撃され、「衝撃」の後にさらに大きな「衝撃」が続いた。今回の事件もこれを連想させる展開だった。オスロの官庁街の首相府が入るビルの近くで、自動車爆弾と見られるテロがまず発生。その死者数が増える中、「オスロ郊外の青少年キャンプで銃乱射」の一報が飛び込んだ。キャンプは、首相が党首となっている労働党の主催で、首相周辺が標的になった可能性が一気に高まった。
ストルテンベルグ首相はこの間、電話でテレビ局のインタビューに答え、「閣僚は全員無事だ」と話した上で、警察から自身の居場所は明かさないよう指示されていると説明。事件の背景に政治的な要因があることを強くにじませた。
事件の背景は不明だが、ノルウェー警察当局はイスラム過激派などによる国際テロではないとの見方だ。標的を定めたテロの手法も、国際テロ組織「アルカイダ」による米同時多発テロやマドリード(04年3月)、ロンドン(05年7月)の同時テロ事件などのような犠牲者の最大化を狙ったやり方とは異なる。
報道によると、乱射事件のあったウトヤで逮捕されたノルウェー人の男は、オスロの爆弾テロ現場でも目撃されている。オスロからウトヤへは車で約1時間の距離。強力な破壊力を持つ自動車爆弾を使いこなし、警察官になりすまして「オスロの爆発の捜査をする」と言って実行した乱射事件の組み合わせは、綿密な計画性をうかがわせるもので、組織的な背景の有無も捜査の焦点になりそうだ。
毎日新聞 2011年7月23日 11時52分(最終更新 7月23日 13時03分)
ノルウェーテロ:イスラム圏で西側報道に反発
【カイロ和田浩明】ノルウェーで22日起きた連続テロで、欧米メディアが当初、イスラム過激派の犯行を疑う報道を繰り広げたことに対してイスラム圏で反発が出ている。欧州では過去にイスラム過激派が関与した大規模テロがあり、今回も過激派ウェブサイトに「犯行声明」が一時、掲示された。だが、逮捕された容疑者はノルウェー人の男で、反イスラム的な考えを持っている可能性も浮上した。
ノルウェーはアフガニスタンに派兵しており、国際テロ組織アルカイダなどが批判してきた。英BBCや米ニューヨーク・タイムズ(電子版)などの主要メディアは、連続テロの発生から数時間の間は「イスラム過激派犯行説」をほのめかす報道ぶりだった。
実際、イスラム過激派のサイトには「今回の攻撃はアフガン駐留が理由だ」などとする犯行声明の体裁を取った文書が一時、掲示された。サイトにはテロを称賛する多数の書き込みも行われた。
しかし、逮捕されたアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)は反イスラム的な傾向のあるキリスト教原理主義者とされる。簡易ブログ「ツイッター」では容疑者逮捕後、「西側の報道はイスラム非難に偏向している」といったイスラム圏からの書き込みが目立った。
エジプトのイスラム過激派専門家、ムニール・アディーブ氏は「今回の事件報道は西側諸国にイスラム教徒に対する誤った理解があることを示した」と述べた。
毎日新聞 2011年7月23日 20時11分
この記事へのコメント
【オスロ時事】92人の犠牲者を出した連続テロから一夜明けた23日、ノルウェー国内は深い悲しみに包まれた。爆弾テロの爪痕が深く刻まれた首都オスロ中心部付近では、教会前に数百人の市民らが集まり献花。幼い子供の手を引き長い間しゃがみ込んでいたベニート・スピルブロクさん(42)は「友人のおいが犠牲になった。多くの人のために祈りたい」と語り、沈痛な面持ちで鎮魂のろうそくに火をともした。
オスロ一の繁華街カールヨハン通り。23日には夏のセールを楽しむ買い物客や観光客が集まり、一見、街は平時のにぎわいを取り戻したかのように見える。しかし、爆弾テロに襲われた官庁街に続く道には機関銃で武装した迷彩服の兵士が立つ異様な光景。タクシードライバーのアブドル・レハマンさん(27)は、「21年間オスロに住んでいるがこんな悲惨なことは初めてだ」と興奮気味に話した。
爆弾が爆発した首相府の入る高層ビルは、柱を残して廃虚と化し、さながら市街戦の跡地のようだ。封鎖された周辺区域にはガラスの破片やねじれた金属片が散乱。爆発地点から2ブロック離れた高層ホテルでも正面のガラスが吹き飛び、爆発のすさまじさを見せつけていた。(2011/07/24-07:52)
【オスロ時事】ノルウェーの首都オスロと郊外のウトヤ島で起きた連続テロで、同国警察当局者は23日、訴追された同国人のアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)以外に別の人物が関与していた可能性があると述べた。また、オスロの爆破テロは車爆弾によるものだったと言明した。
同当局者はこの中で、ウトヤ島では依然4~5人が行方不明になっていると語り、小型潜水艇を投入して徹夜で捜索を行うことを明らかにした。一方、オスロでは爆発で建物に重大な被害が発生し、構造上の問題が出ているため不明者の捜索活動が中断されていると語った。同日までに確認された犠牲者は92人だが、最終的に死者は100人前後に達するとみられている。(2011/07/24-06:15)
【オスロ時事】ノルウェー連続テロのアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)の弁護士は23日夜、同国のテレビに対し、ブレイビク容疑者が事件について、「必要なものだった」と述べたことを明らかにした。
弁護士は「彼は連続テロの行動は残忍だと認識しているが、これは必要なものだと考えていると話した」と語った。同容疑者は25日、裁判所で審理に臨むが、この場で自分の考えを説明してもよいと言っているという。(2011/07/24-08:17)
時事通信 7月24日(日)21時55分配信
【オスロ時事】突然のテロで命を奪われた100人近い若者らを追悼するため、ノルウェーの首都オスロの教会で日曜日の24日、礼拝が行われた。ハラルド国王およびストルテンベルグ首相らが夫人を伴って参列したほか、多くの市民が花束を持って教会を訪れ、服喪の日となった。
教会前には花束を置く場所が設けられ、赤地に白と青の十字が入ったノルウェー国旗の小旗とともに花が手向けられた。教会に入るまでに長い行列ができたが、市民らはほとんど無口。深い悲しみに暮れた。
ストルテンベルグ首相は「ノルウェーはまだ、テロの衝撃から立ち直っていない」と述べながらも、「困難に打ち勝つ」と語った。
未曽有のテロ事件後にもかかわらず、市民らは国王らも着席する教会内にボディーチェックなしで入ることができた。「ノルウェーでは政治家らと市民の距離が近い」(同首相)という伝統を守ろうとの決意が伝わってきた。
礼拝終了後も教会前では市民らの列が途切れることはなかった。郊外から献花のためにオスロを訪れたニナ・エゲルさん(40)は「多くの亡くなった方、その家族や友人のことを考えると悲しみが止まらない」とぽつり。子供を乗せたベビーカーのハンドルを握り締め、人混みの中に立ち尽くしていた。